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2011.10.12 小出圭祐
役者根性
 過剰な役作りで知られるロバートデニーロは、ボクサー役を演じるために体を鍛え上げ、その直後に、年老いた主人公を演じるために体重を20キロ増やしたそうです。また三国連太郎が、若い頃、老人を演じるために自らの歯を上下合わせて10本も抜いて撮影に望んだという逸話は余りにも有名です。役者というモノは芝居のためには常人には理解しがたい行動をとってしまう生き物なのかも知れません。私がこのような事を改めて感じたのは、つい先日の「ソーキュート」上演中に起こったある出来事に起因しています。
 
 その時、私は自分の出番に備え舞台裏で着替えていました。舞台裏では上演に差し支えないよう物音を立てずに行動しなければなりません。また舞台上に光が漏れないよう照明は薄暗く設定されています。そのため私は、薄明かりの中、息を殺してゆっくりとマキシ丈ワンピに足を入れデニムのベストに袖を通していました。と、その時、私は足元に黒くうごめく塊を発見したのです。それはちょうど、私が次のシーンで着用するはずのカツラの上をまるで這うように動いていました。はじめはカツラに光が乱反射して、そう見えているのではないかと思いましたが、まじろがずに見つめると、そうではありませんでした。そう、その黒くうごめく塊とは、「台所に咲く一輪の黒いバラ」または「排水溝のサファイア」こと「ゴキブリ」だったのです。
 
 薄暗く狭い舞台裏で、私は息を殺しながらも焦りました。逃げる事もできず、立ち向かう為の武器も持たず、私はしばらく、数分後には被らなければならないカツラの毛と毛の間に、ゴキブリが潜り込もうとする光景を見つめていました。しかし、呆然と中途半端な女装で立ち尽くす私を救ったのは、他でもない私自身の、デニーロ的、連太郎的、役者根性でした。
 
 私はすばやく手元にあった台本を一枚手に取るとその「ゴキブリ」に叩きつけました。そして、物を掴むには少し硬いコピー用紙で何とか「ゴキブリ」を掴み取ると、一回二回と折り曲げ、最終的に女子が授業中に友達に回す手紙ぐらいの大きさにまで畳んだのです。この間、5秒。通常の私では考えられない俊敏さです。
 
 しかし、デニーロ的、連太郎的、役者根性を発揮せねばならない機会はその後も用意されていました。まず、その「ゴキブリ」のエキスつまり「ゴキス」の付いたカツラを被らなければならないという事態が目の前に迫っていたのです。私は「レイジング・ブル」でのデニーロの鍛え上げられた肉体を思いながら、カツラを被りました。徹底した拘りから生まれた「デニーロ・アプローチ」という造語の完成形とも言える役作りを、彼はこの作品で成し遂げたのです。そして「ゴキス」の付いたカツラを被って舞台上に出た私は、もうひとつ重要な事に気が付きました。それは、このあとに驚いた演技の仕草として、手を口元に持っていかなければならないという事です。実際、驚いている事が表現できていれば、手を口元に持っていく必要はないのですが、やはり驚いている事を最大限に表現するには、手を口元に持っていかなければならない。しかしそれでは「ゴキス」を経口摂取してしまいかねない。そんな逡巡を繰り返しているうちに、ついにその瞬間はやってきました。

 無意識の内に、私の「ゴキス」まみれの手は口元に置かれていました。いや口元に押し付けられていたという方が正確かも知れません。口の中に「ゴキス」が入っていくのを、風呂釜洗剤のCMのCGみたいな感じでイメージしながらも、私は驚いている演技を続けました。そしてあふれる涙をこらえながらも、私はそのシーンを演じ切り舞台裏へと戻ったのです。

 実際、そこそこ潔癖な私にとって「ゴキブリ」を退治し手を洗わない事は、そうとうに耐えられない事なのですが、それを耐えさせ、それだけでなく手を口元にまで持って行かせたのは、まさに、デニーロに引退後のボクサーを演じるために体重を20キロ増やさせ、連太郎に年老いた主人公を演じるために歯を10本抜かせたものと全く同じ「役者根性」なのではないか?今では、そう確信しています。

 たとえ作品の内容がどのようなものであったとしても。

 
2011.06.16 小出圭祐
『私の考える児童文学』視覚伝達デザイン学科3年B組20番小出圭祐
 あるテレビ番組でとても面白い話をきいた。その番組は、なかなか子ども達に自分の話をきいてもらえない若い小学校の先生が、お話のプロフェッショナルである落語家の桂文珍に教えを請うというものだった。実際に文珍もその先生のうけ持つ生徒達に話をした。すると、担任の先生の時は話を全然きこうとしなかった子ども達が文珍の話にはくいいるように聞き入っていたのである。授業の後、スタッフが子ども達にどちらの先生の話が面白かったか?ときくと、子ども達はそろって、「ぶーんちーんせーんせー」と答えて、担任の先生の立つ瀬がなくなっていた。スタジオにもどると文珍が得意満面の笑みで、先生にこうアドバイスしていた。
「笑いというのは経験の中から出てくるものです。しかし、子ども達というのはまだうまれて10年かそこらしかたっていません。だから、その10年で経験しうること、食べるだとか、寝るだとか、そうした生活に根ざしたことをとっかかりにして話をすることで、彼らの心をつかむことができるでしょう。」
 今きくと、ごくあたり前のことを言っているように思えるが、テレビを見ていた時は担任の先生と文珍の時の子ども達の態度の差があまりにひどく「文珍すげぇ」と私は感心しきっていたので、この言葉をきいた時も「なるほど!」とテレビにつぶやいてしまった覚えがある。
 しかし自分が子どもの頃のことを考えてみるとその言葉の確かさを感じる事ができる。自分が子どもの頃何で笑っていたのか?それは「うんこ・ちんちん・げぼ」この3っつじゃないだろうか?何とも下品な子どもである。けれども、子どもは「うんこ・ちんちん・げぼ」特に「うんこ」が大好きである。そして「うんこ」は文珍の言う「食べるだとか、寝るだとか、そうした生活に根ざしたこと」の中の最低なモノとして見事に君臨している。思えば幼い頃、何故に我々はああも「うんこ」に注目していたのだろうか。道端に落ちているうんこ。からからに乾いたうんこ。犬が自分の毛をむしって食べたのか、毛のはえたうんこ。トイレで流れなかった巨大なうんこ。プールに浮かんだうんこ。検便。そして、通学路には毎日のように見事な巻きグソをするブルドッグを飼っている家があった。幼い頃のうんこに関する思い出は挙げればキリがない。
 うんこは幼い頃の我々にとって、きたない国(こく)の王様で、キングオブ不潔なモノで、軽蔑を通り越してある種の敬意のようなものをはらわれてさえいた。幼い頃の我々にとってうんこが何故そのような存在たり得たか。それは、世の中で汚いといって最も嫌われる存在でありながら、それを自分が作っているという何とも悲しい事実にあるのではないだろうか。本当ならば、自分の中から出てきたモノだ、近くに置いておきたい。だが、近くにおいておくには君はクサ過ぎる。だからごめんね。さよなら。うんこ。そんな悲しい物語がうんこと幼い我々の間には横たわっていたのではないか。
 年をとると我々はうんこを下品だとか下ネタだとか言って、一方的に嫌う。だが、とても難しいことを考える自分も、美しい歌を歌う自分も、人に怒鳴る自分も、どれもうんこをする自分と同一線上にいることを忘れてはならない。どんなに素晴らしくたって絶対うんこをする。そう思えば自分がどんな失敗をしても許すことができる。幼い頃の我々はそれを知っていた気がする。うんこと同じ目線でモノを見れた気がする。そうしたことを忘れないために読むものこそ真の児童文学なのではないかと、私には思えてならないのだ。


【解説】この文章は、大学生のとき受講していた「文学」という授業で提出したレポートです。まず、授業を受け持っていた先生に謝りたいです。こういう不真面目な態度は本当に良くないと思います。大学という神聖な教育現場で「うんこ、うんこ」言うなんてのは、授業を受ける資格ないと思います。そんな僕にちゃんと単位をくれたって言うのは寛大というかいい加減というか。僕としてはラッキーでした。
 当時の記憶をたどって、何故こんな事を書いたのか思い出すと、恐らく色んなうんこを羅列するところを書きたかったのだと思います。実際に小学生の時の通学路に毎日巻きグソをするブルドッグはいて、集団登校だったので、みんなで今日の巻き具合はどうか、チェックして登校していたのを覚えています。
2011.05.02 小出圭祐
『独自のデザイン論』 3年B組20番小出圭祐
 特別講義において、尼ヶ崎涁氏は『表現』についてこうおっしゃった。
 「表現っていうのはエクスプレッションなんで、エクスプレッションっていうのは外に出すことだから、内面に何かがあるということが前提なんです。内面に何かがあって外に出すということが、エクスプレッションなんです。」
 去年の4月頃、私は今住んでいる部屋に引っ越してきた。引っ越してきてしばらくしたころ、私は思いがけずかなり強めのエクスプレッションを受けることになった。
 そのとき私はシャワーを浴びていた。するとどこからか「ドスン、ドスン」と轟音が響いてきた。それはまるで巨大生物の足音のように、シャワーを浴びている私にさえはっきりときこえる程重い音だった。何事かと思い浴室のドアをあけ、音の源を探すとそれはどうも上の階から響いてくる音だった。その時私は直感的にこれは「音楽が響いてうるさい」という合図だと気づき、急いで音楽を止めた。私はシャワーを浴びる際、浴び終わって出たときに無音だとさびしいので、音楽をかけたまま浴びるようにしていたのだ。しかし、いくら音楽がうるさかったにしても、かなり狂暴な音であった。私はあれぐらいの音できこえちゃうのかなどと思いながらその日は寝てしまった。そして明くる朝、私はいつものように出掛けようと玄関のドアを開けると小さな紙切れがはさまれていた。その紙きれには丁寧な文字でこう書かれていた。
「上の階の者ですが/夜中に音楽はひかえて/いただけないでしょうか。/ベース音が響いて不快/に感じてます。/こちらもなるべく音を/出さないようにしますので/何卒よろしくお願いします。」
私はすぐに部屋に戻り、自分内会議を開いた。これどうしようということである。音がうるさいといって壁をたたかれたりしたことは以前にもある。しかし、こんな注意のされ方は初めてである。そして、何より私が一番おそろしかったのは昨日とのギャップである。“上の階の者”は昨日はかなり狂暴に私の部屋の天井をたたいていた。イメージでいうと、漫画シティー・ハンターのかおりがサエバリョウをツっこむときに振り下ろす「16t」と書かれたハンマーぐらいの勢いはあった気がする。要するに漫画における16tの威力はあった。しかし、一夜明けて“上の階の者”の態度は一遍(原文のまま)する。かなり落ちついて「ベース音が…」などと音の種類まで指摘する冷静さを持ち、最後には「何卒よろしくお願いします。」である。私が「何卒」を読めなかったのは言うまでもない。そうして、自分内会議の結論は出た。すぐ謝ろう。じゃなきゃ殺される。しかも、誰にも見つからないやり方で。そして私はすぐにメモ用紙に謝罪の文を書いた。もちろん書き出しは「下の者ですが…」である。
 それからしばらく私は、恐怖におびえてすごしていた。音楽は決してきかず、テレビもいつもは15ぐらいで観ていたが、それからは10前後の音量で観るようにしていた。
 “上の階の者”がどういうつもりで、そうした2つの方法で私に注意をしたのかわからないが、私にとってそれは効果的であった。夜ごと天井をたたく狂暴な音と、必要以上に丁寧に書かれた紙きれは、私にどんなポスターやCMよりも強いメッセージを与えてくれた。怖かった。
 2週間ほどして、あの夜と同じことがおこった。しかし、その夜私は音楽をきいていなかった。明くる朝玄関には前の3倍くらいの大きさの文字で
 「本当に迷惑しています。静かにしてください。」
と書かれた紙きれががはさまっていた。私はすぐさま抗議文を書き“上の階の者”の部屋の前に置いた。それ以来“上の階の者”とのやりとりはなくなってしまった。少しさみしかった。


【解説】
 この文章は、僕が大学時代に受講した『デザイン特論』という授業で提出したレポートです。『デザイン特論』は、毎回デザイン業界で活躍する人物を招き講義をしてもらうという内容の授業でした(たぶん)。そのまとめとしての『独自のデザイン論』という課題だったと記憶しています。にもかかわらず何故このような内容になってしまったのか。「面白いと思われたかった」「これがオレの生き方だと思った」「ふざけんのカッコよくねえ?」理由は色々あったにしろ、今読むと「こんな事しってっから…」という気持ちに強くさせられます。
 文中に出てくる“上の階の者”との交流はこのあと一度だけありました。ある春の日「妹が受験で泊っており、フルートの練習をするので、うるさいかもしれません。」という紙きれと「八ッ橋」がドアノブにかけてあったのです。その日フルートの音色が聞こえたかどうかは忘れましたが、なるほどと得心がいったのは覚えています。フルートを奏でるような家の人間には、ナイン・インチ・ネイルズのインアダストリアル・ロックはやかまし過ぎたかもしれないと。といっても、“上の階の者”に聞こえていたのは僕の部屋の音では無かったのですが。
2010.06.08 小出圭祐
『豊太郎について』3年3組7番 小出圭祐

 グライダー人間という言葉を聞いたことがある。それは、いわゆる「指示待ち人間」やそのたぐいの人々を指す言葉だった。なぜ、グライダーなのかというと、誰かに何か言ってもらったり、教えてもらったりしないと何もできない受動的な人のことを、飛行機に引っぱってもらわないと飛ぶことのできないグライダーに例えたからである。また、それとは逆に能動的に自分でものごとを切り開いてゆく人々を飛行機人間といっていた。
 そして、太田豊太郎という人物のことを考えたとき、彼はグライダー人間であると思った。彼は幼いころから母親によって厳しい家庭教育を受けて育った。そのとき彼は、優秀な成績をとり、グライダー人間として飛ぶことを覚えたのだ。そして、某省に出仕してからも、官長という飛行機にひっぱられて、彼は飛んでいた。その頃彼のまわりの環境が変わり、彼はだんだん気付きはじめる。自分が彼らによって飛ばされていたことを。
 ところで、彼がグライダー人間なのはなぜだろう。それを考えるとき、学生時代が重要になる。私が最初グライダー人間という言葉をきいたとき、こんなこともいっしょにきいた。「日本の学校はグライダーの訓練所である。」ようするに、一方的な授業によって生徒たちが学ぶ姿勢をなくし教えられる姿勢になってゆくというようなことである。そして、生徒たちは、グライダー人間としてはよく飛べるのだが、悲しいかな自力で飛ぶことはできないのである。そういったことが、豊太郎にも学生時代におこったのではないだろうか。今でこそ「自主性をもて」とか言われるけれど、そのころはそんなことは言われなかっただろうし、官長は自分の言うことだけきくような人材を求めていたという面もあるだろう。
 豊太郎が官長のそのことに気づいたのは、ドイツ留学という新しい環境のせいであろう。そして、彼はエリスと出会い、母の死、免官という二つの事件により突然飛行機人間から切り離されてしまう。このとき彼はどんな気持ちだったのだろうか。自由になれうれしかったのだろうか。それとも、生まれてはじめて何にもつながれずにいることに不安を感じたのだろうか。私は後者だと思う。だからこそ、彼は最終的に相沢と天方伯について日本に帰るという決断をしたのではないだろうか。そのことも、友人には否と答えられないというのも、信頼する人の言うことはすぐに承諾してしまうというの豊太郎のグライダー人間的性格を表しているような気がする。
 グライダー人間が悪いとは思わない。人に教えられることは、ものごとの基そをつくる上で大切なことだ。でも、もし自分の好きなことをやることが幸せだと言うなら、ずっと人にひっぱられていてはできない。自分でうごいて、やりたいことをやれる飛行機人間にならなければそれは出来ないだろう。(終)


解説]
森鴎外の『舞姫』を読んで(映画『舞姫』を観たのかも)中学3年生の時に書いた感想文。当時は読書などは全くしておらず、専ら漫画やテレビや映画を見てばかりいた。にもかかわらず、文法的にもテーマの解釈の仕方についても大きな破綻が無い。ただ「グライダー人間」という大きな違和感のある言葉の出所は全く覚えていない。記憶にあるのは教室で皆で映画『舞姫』を観たとき、クライマックスで、郷ひろみ扮する豊太郎が乗るバスをエリスが追いかけ、片コトで「トヨタロー」と叫んだ時に、教室中が受けたと言うこと位だ。リチャードギアが『HACHI』を呼ぶ時のようなモノマネしてみたさがあった。実際、少し流行った。
2009.05.27 小出圭祐
川合俊一の髪型
君に何があったかなんて
僕は聞かないつもりだよ
言いたい事があるのなら
いつでも自分から言う
それが君の性格だって
もちろん僕は知っているから

みんなが何か言ったって
そんなの気にする事なんかない
君は君のやりたいようにやればいい
それを邪魔する奴がいるなら
そいつを僕は許さない

だけども今度ばかりは
さすがの僕も少し驚いた
だってずっと君が守ってたもの
簡単に捨てちゃったりするからさ

たとえどんなに些細なものでも
25年間守り続ければ
かけがえのないものになるんじゃないかな
少し時代遅れの髪型だって
個性と言える日が来るんじゃないかな

君に何があったかなんて
僕は聞かないつもりだよ
言いたい事があるのなら
いつでも自分から言う
それが君の性格だって
もちろん僕は知っているから

でも新しい君に慣れるには
まだ少し時間が必要みたい
だけどいつかこう言える日が来るさ
「今日の髪型すごく無造作だね」って

川合俊一、25年ぶりに…

2009.05.19 小出圭祐
二つの穴
いつもこんなに近くにいたのに
今まで気がつかなかったなんて
僕は一体君の何を見てたんだろう

君の事知ってるつもりになって
得意げになってた自分
過去に戻る事ができるのなら
そんな自分を叱ってやりたい

冷蔵庫、電子レンジに洗濯機
どれも君のおかげで動いてる
君がいなきゃ何一つ機能しない
それなのに僕は君の事誤解してた

よく見ると左の方が少し長い
それが本当の君の姿さ
ずっと同じ長さの穴が
二つ並んでるんだと思ってた
よく見ると左の方が少し長い
コンセントの穴、君の事さ

コードの部分を引っ張って抜くなんて
そんな乱暴な事しちゃいけない
それぐらいは僕だってわかってる

ホコリがたまったりすると
引火したりして火事の原因になりかねないから
まわりの掃除はこまめにすること
その事だって僕は知ってた、でも

よく見ると左の方が少し長い
それが本当の君の姿さ
ずっと同じ長さの穴が
二つ並んでるんだと思ってた
よく見ると左の方が少し長い
コンセントの穴、君の事さ

よく見ると左の方が少し長い
それが偽りのない君の姿さ
僕はふと思う
なぜ左の方が少し長いのか?
でも、まだその事は君には聞けない

2009.04.30 小出圭祐
君に聞かせるための歌
君に聞かせるための歌
こんなにたくさん用意したのに
肝心な君がいなくちゃ
意味がないだろ?
悲しい気分にならない日
一日でも多い方がいい
でも晴れの日ばかりじゃつまらない
たまには土砂降り傘もささずに

いつもキレイに歯磨してる
そんなつもりになっていたのに
「輪ゴムを燃やした時の臭いがする」なんて
僕の口からそんな臭いがするはずない

輪ゴムを燃やした時の臭いなんて
輪ゴムを燃やした時しかしないはず
僕の口からそんな臭いがもし本当にしたのなら
誰かが本当に僕の口の中で
輪ゴムを燃やしたに違いない

君に聞かせるための歌
こんなにたくさん用意したのに
肝心な君がいなくちゃ
意味がないだろ?
悲しい気分にならない日
一日でも多い方がいい
でも晴れの日ばかりじゃつまらない
たまには土砂降り傘もささずに

いつも通りにおしゃべりしてる
そんなつもりになっていたのに
「森進一のモノマネをしてるようにしか聞こえない」なんて
僕の口からそんなにしゃがれた震えた声がするはずがない

森進一のモノマネなんて
いくら僕でもいまどきできるはずがない
もし本当にそう聞こえるのなら
森進一のモノマネでなく
森進一のモノマネをする轟新一のモノマネに違いない

君に聞かせるための歌
こんなにたくさん用意したのに
肝心な君がいなくちゃ
意味がないだろ?

2009.04.28 小出圭祐
僕のせいじゃない
君のこと信じてもいいのかな?
どうやら僕の本心は
君の言葉を信じたいらしい
なんだかんだと理由をつけて
君の言葉の正当化したがるんだ

偶然入った本屋で見つけた君の本
そこには僕の運命が載っていた
占いなんて信じないし
血液型で人を判断したりしない
そんな僕だと思っていたのに…

3年続く大殺界の最後の年
僕にとって今年はそうらしい
今まで知らずに過ごしてきたけど
君がいうにはそうらしい
「そんなこと突然言われても」
そう戸惑う僕がいると同時に
だからこんなふうなのかと
納得する自分がいる

思い起こせば確かにそう
干してたふとんが盗まれたのも
バイトの時給が下がったのも
バイトの面接に遅刻して怒られたのも
ここ3年間の出来事だ

全部自分のせいだと思ってたけど
大殺界のせいだったなんて
腹が立つようなうれしいような
喜んでいいのか悲しんでいいのか
何とも言えない不思議な気分さ

3年続く大殺界の最後の年
僕にとって今年はそうらしい
今まで知らずに過ごしてきたけど
君がいうにはそうらしい
「今までの僕は何だったの?」
そう戸惑う僕がいると同時に
思い当たる節が僕には
いくつかあったりするんだ

もう僕は君のこと信じちゃってる
あと一年がまんすれば
いいことがあるんだって
思い込んでしまってるんだ

だって考えてもみてほしい
飛んでるカラスに頭を蹴られたり
バイトの同僚に殴られそうになったり
何かずっと切れ痔だったり
そんな生活普通じゃないよ

だからお願い君の言葉を信じさせて
君の言葉が本当ならば
来年からは僕にはきっと
明るい未来が待っているから

だからお願い君の言葉を信じさせて
君の言葉が本当ならば
来年からは僕にはきっと
いい事ばかりがあるはずだから

(細木数子著『平成21年度版 六星占術による水星人の運命』を参考にしました。)




2009.04.25 小出圭祐
ここにいること
あの日公民館のロビーで
急に咳が出て
涙にじんで止まらなくなった
遠くに座る君を見つけ
僕は少し驚いて
言葉を失った

君との距離を
間違えてるのは僕の方?
いつか出会ったときの君とは
くらべ物にならないよ

※隠してたってしょうがない
あの涙のわけは
そう君の臭い
家を持たない君の臭い
風呂に入らない君の臭い
服をかえない君の臭い

君がなぜここにいいるのか
僕は知らない
聞いたところで
答えてくれないだろう
答えてくれたところで
理解できない

※(繰り返し)

ほとんど元の色が
わからないほどに着込んだ
季節外れのアウター
誰もいないロビーのイスに座り
君は天空を見つめている
どこでもない天空を

※(繰り返し)

その臭いが証明してくれる
確かに君がここにいること
確かに君がここにいたこと




2009.04.04 小出圭祐
8年桜
ふくらみすぎた期待と不安
小さなリュックにつめこんで
夢なんて大それたものさえも持たず
僕は東京にやってきた

あれから八年がたったなんて
信じられないくらいに時は早く過ぎ
目的なんて考える暇もなく
ただ闇雲に毎日を過ごしてきた

ふるさとに未練はない
地元の友達とだって
もう連絡は取ってない
昔を懐かしむなんて
僕には似合わない
そう思ってた

※八年ぶりに見る桜
何も変わらない僕の街
初めて全裸にさせられたあの公園
カバンを流されたあの川も
クツを隠された朝礼台も
あのときのまま

ストーカーなんて言葉は
まだなかったから
つきまといって言われたっけ
よく通ったこの道や
何時間も待ち伏せしたあの角

こんな気持ちになるなんて
思いもしなかった
頭の中では忘れたつもりでいたって
心はそうはさせてくれないらしい

※(繰り返し)

桜舞い散る公園で
ひとりぼっちベンチに座る少年
「生きてりゃきっといい事あるさ」
と声をかければ
「触んじゃねえよ」
と言い返される

※(繰り返し)

もう決して戻れない街



2009.02.12 小出圭祐
ひとつの願い
明日から頑張ろう そうつぶやいてまた今日も 
ふとんの中に潜り込む いったい僕はあと何回
この言葉を繰り返すんだろう 
後悔のない日を過ごすには もっと自分に優しくならなきゃ
誰かの言葉が胸にしみる

僕にはずっと昔から 叶えたい願いがあって
でもそれは絶対に 実現なんてできなくて
届かないとわかっていても 星をつかもうと手を伸ばす子供のように
僕の心の手はずっと 空に向かって伸びている

※みんなに知られちゃ 恥ずかしいから
殴り書きしてすぐ閉じたノートのページ ひさしぶりに開いてみたんだ
「スネ夫とイヤミとケムマキの共演」
これが僕の叶えたい願い 絶対無理なひとつの願い

金持ちで嫌味な子供のスネ夫 フランス帰りの乞食のイヤミ
甲賀流少年忍者のケムマキ 彼らが共演できない理由はひとつ
肝付兼太は この世にはひとりしかいないから
あの少しかすれた甲高い ずる賢そうな声の持ち主は一人しかいないのだから

※(繰り返し)

スネ夫とイヤミとケムマキ 共演しようと思えばできるんだろう
でもきっと本当にしたら 誰が誰だか分からなくなる
キャラクター的にも似ているし 顔の形もどこか似ている
やっぱりこれは叶わぬ願い 星をつかもうとするようなもの 

※(繰り返し)

明日から頑張ろう そうつぶやいてまた今日も 
ふとんの中に潜り込む いったい僕はあと何回
この言葉を繰り返すんだろう 
肝付兼太はあと何役 
似たような役をしてるのだろう…
2009.02.04 小出圭祐
ふさわしい場所
どこか誇らしげに どこか楽しげに 君はいつも僕のそばにいる
道を歩いてるときも 電車に揺られてるときも 布団の中で寝ているときも
出会ったばかりの頃は どう接すればいいか分からず戸惑ってばかりいた僕
無理に引っ張ったりしたこともあったけど 君は決して怒ったりしなくって
あれからどれだけ経ったかわからないけど 君は君のままだと思ってた

でもいつ頃からだろう 君の様子がおかしくなったのは
いるはずのない場所に突然現れて僕のことを驚かす 
まるで自分の存在を忘れていないか 僕のことを試すように

※ねえ、ちん毛、どうしてジャミロクワイのCDケースに入っていたんだい?
ねえ、ちん毛、どうして新書「悩む力」の間にはさまっていたんだい?
理由なんかどうでもいい どうやって どのタイミングで入り込んだのか 
僕が知りたいのはただそれだけさ

お気に入りのTシャツの肩 歯を磨こうとした洗面台 書類と書類の間
君の現れる場所は予想できない それが僕には悲しいんだ
元気でいることを伝えたいなら もっと他に方法があるはずさ
君の存在を僕が忘れてるかもしれないって? そんなこと考える方がどうかしている

君と僕とは常に一緒で 君と君たちのポジションは いつだって僕の関心事 
だからどうかお願いだから 君は君のいるべき場所にいつもいてくれ
ズボンの中のパンツの中に 君のための特等席に

※(繰り返し)

だけどこの前 財布の中から急に出てきた 君を見て心なごむ僕がいた
ちん毛のいるべき場所がひとつだなんて 決めつけていた僕がいけないのかもしれない

※(繰り返し)

理由なんかどうでもいい どうやって どのタイミングで入り込んだのか 
僕が知りたいのはただそれだけさ

もうどこで君と出会おうが 僕は驚いたりしないから


(品のない内容になってしまってすいません)
 
 
2009.01.26 小出圭祐
酒とコーヒーとしゃっくり
数日前、実に数年ぶりにお酒を口にする機会がありました。ふた口ほど飲んだところで、僕はあることを思い出しました。それは、僕はお酒が飲めないということです。しばらくすると、徐々に意識がもうろうとし、顔は熱くなり、まわりの会話にも、ついていくことができなくなりました。お酒を飲んで楽しい時間を過ごしたいという気持ちは人一倍強いのに、天は僕にお酒を飲むことを許してくれません。

そんなお酒の飲めない僕ですが、最近じゃコーヒーも飲めなくなりつつあります。昼過ぎ以降にコーヒーを飲むと夜寝れなくなるのです。不用意にコーヒーを飲んでしまったために、夜寝れず意味なく徹夜をして次の日のバイトに行かなければならなかったことが、何度かあります。また、七味唐辛子もダメです。ある時期、そばや牛丼を食べるときに七味唐辛子をたくさんかけていたら、しゃくりが止まらくなり(七味唐辛子などの刺激物を大量に摂るとしゃっくりの原因になる)、それから七味唐辛子はいっさいかけないようになりました。

その他にもパスタを食べるとどうしても眠くなってしまったり、ニンニクを食べると目眩がしたり。このまま行くと、もっとひどいことになるんじゃないかと心配でたまりません。

例えば、トリュフを食べるとほっぺたが頬から(比喩ではなく)落ちたりとか、猫の肉を食べたら動物愛護団体から苦情が寄せられたりとか、電車の中でハンバーガーを食べたらマナーが悪いと叱られたりとか、セロリを食べたら文明開化の鐘が鳴ったりとか、都こんぶを食べたら急に揚げ足を取られたりとか…
 
これ以上食べられないものが増えないように、今は祈っています。

2009.01.20 小出圭祐
悲しいゴミ
突然やり方を変えよう 君がそういったとき 驚きのあまり僕は言葉を失った
今までしてきた事は何だったの? つい口に出しそうになり 僕は言葉をのんだ
きっとこれには君なりの考えがある 頭の回転の遅い僕にだってそれぐらいはわかる
それでも少しの説明ぐらい してくれたっていいんじゃないのかな
慣れない手つきで袋に分けて 初めて出したあの朝は 柄にもなく緊張したものさ 

※そう「燃えるゴミ」は「燃やすゴミ」になって 「燃えないゴミ」はなくなった
そして代わりに「プラスチックゴミ」ができて それ以外は「燃やすゴミ」と一緒に出す
古紙とびん・缶・ペットボトルはまた別の日に回収される
言葉でいうのは簡単だけど 実行するのは簡単じゃない
僕の家の玄関には プラスチックゴミが溜まってく 
週一回のチャンスを逃して またプラスチックゴミが溜まってく

環境問題の深刻さや リサイクルの大切さは テレビやなんかで見て知ってる
CO2排出の削減には 個人の努力も大切なんて 言われなくてもわかってる
でも僕が本当に知りたいのは 突然やり方を変えようなんて言った君の気持ちさ
いままで「燃える」「燃えない」でやってきた僕らの関係を 突然新しいものにするなんて
急に言われてもできないよ 言われた通りにすることはできても 心がついていかないよ

※(繰り返し)

集積所の前を通るたび 張り紙がされ回収されないゴミが目に入る
その姿になぜか自分を重ねている僕がいる

※(繰り返し)

そう今の僕は 誰にも回収されない 悲しいゴミ
張り紙を貼られ いつまでも放置される 燃えない、冷たい、悲しいゴミ

(東京都中野区では昨年10月からゴミの分け方・出し方が新しくなりました。)
2009.01.12 小出圭祐
正しいこと
あけましておめでとうございます。

突然ですが、皆さんは正しいことを間違ったやり方でしてしまったりしていませんか?いくら立派な精神に基づいていても、そのやり方が間違っていれば、それは正しい行動とは言えません。

例えば、

暗くて危険な夜道を明るくするために、ゴミ集積所のゴミに火をつけて歩いてまわったり

恵まれない子供たちに寄付をするために、「振り込め詐欺」に手を染めたり

命の大切さを教えるために、子供たちの前で皆でかわいがっていたウサギを公開処刑したり

死んだ父親の願いを叶えるために、全裸で渋谷のハチ公像にまたがったり

本当の自分を思い出してもらうために、妹の目薬の中身をベンジンにすり替えたり

虫歯を治すために、手術で両胸に300ccづつシリコンを入れEカップになってみたり

薬物依存の恐ろしさを教えるために、子供たちの前で皆でかわいがっていたウサギを公開処刑したり

手術を怖がる少年を勇気づけるために、日本の医療制度の矛盾について書かれた漫画「ブラック・ジャックによろしく!」を読んで聞かせてあげたり

先生に3年間の感謝の気持ちを伝えるために、みんなでボコボコにしたり


その思いは確かに立派なものであっても、やり方次第で大変な間違いになりかねません。皆さんも、その手からすぐにウサギの耳を放して、自分が正しいと思ってやろうとしていることのやり方が間違っていないかどうか、確かめてみて下さい。

新年そうそう失礼しました。今年もよろしくお願いいたします。




2008.09.19 小出圭祐
仮定の話
「もしも世界が100人の村だったら…」そんな無茶な仮定が成り立つのなら、僕にもさせてほしい仮定がいくつかある。

◯もしも、泳げない人のたとえが「カナヅチ」でなく「Yシャツのえり汚れ」だったら…

◯もしも、居酒屋で「イェ~イ」と調子に乗ると、そのたびに厨房で誰かが死ぬシステムだったら…

◯もしも、ネクタイの締め方の種類と同じ数だけ、松葉杖のつき方があったら…

◯もしも、女性の体重を訊くことよりも、訊かないことの方が失礼にあたる世の中だったら…

◯もしも、チャンピオンに授与されるものが、ベルトではなくカーディガンだったら…

◯もしも、カレー味のウンコかウンコ味のカレーを食べることで、今後の人生が決められてしまう機会に出会ったとしたら…

◯もしも、参勤交代に参加すれば運気が上がるとアドバイスされ、参加できる場所を探したら見つかったとしたら…

◯もしも、その日初めてあった女性に「死刑囚に会わせてあげる」と言われて会ってみたら、全然知らない人だったら…

◯もしも、歯磨き粉で眼鏡を磨くとキレイになるといわれて、磨いてみたら眼鏡がカマキリに似た昆虫になってしまったら…

◯もしも、脇見運転の得意なパンダの口臭がラベンダーの香りだったら…

◯もしも、ペンギンの歩き方が自然ではなく、意図されたものだったら…

◯もしも、もしも、彼女が振り向いてくれていれば……


2008.09.05 小出圭祐
最近の発見
「初対面の人とでもゴキブリの話題であれば多少盛り上がれる」

 初対面の人や、話慣れていない人とでも、ゴキブリの話題でなら結構間が持つことを最近発見しました。ほとんどの場合、どれだけゴキブリが憎いのか?どのように戦って来たのか?という話題をお互いにぶつけ合い、共感し合うという展開で、経験上10分~20分間はもつようです。
 
 私自身はゴキブリをスリッパで叩き潰すことも、殺虫スプレーでなぶり殺しにすることも躊躇なくできるのですが、最近思うのです。いくら相手がゴキブリとはいえ「何の躊躇もなく、そのような残忍な行為をしてしまっていいものか?」と。
 確かにゴキブリは、黒光りする背中や、毛のようなものの生えた後ろ足(?)や、素早く逃げ回る姿をとれば、本能的に嫌悪や殺意を抱かせる虫ではあると言えるのかもしれません。しかし、一体彼らが我々に何をしたというのでしょう?蚊のように血を吸ったわけでもなく、白蟻のように家の一部を食べたわけでもないのです。彼らがしたことと言えば、部屋の中を尋常じゃないぐらいの早さで駆け抜けた(たまに飛ぶ)。それだけなのです。
 その代償が、叩き潰されることであったり、彼らにとっては毒ガスであるスプレーを吹きかけられることであったり、最近ではマシュマロみたいなものの中に閉じ込められることであったりするのは、あまりにも釣り合いが取れていないと言うか、人道的、いやゴキ道的見地から見れば、あまりに残忍であると言わざるを得ない!!
 
 そんな現状に憤りをおぼえた私は、最近ゴキブリ擁護を消極的に訴えて行こうかと思ったりしています。何せ私自身もゴキブリのことは嫌いですので、飽くまで消極的に、「ゴキブリを叩き潰した時には3秒間の黙祷を。」と訴えて行こうかと思っています。

ひとつの意見として、皆さんはどう思われますか?
2008.08.25 小出圭祐
プレゼンの練習
田中「先輩、明日のプレゼン不安なんで、練習見てもらいたいんですけど?」
先輩「おういいけど。」
田中「本当ですか?ありがとうございます。」
先輩「いいよ、いいよ。気にすんなって。」
田中「じゃあ、さっそく。えー本日、我々が提案させて頂くのは、いま多くのデジタルカメラに搭載されつつある『顔認識機能』ですが、それをしのぐ新機能『尻認識機能』を搭載した新製品です。」
先輩「うん、何かまずい予感するね。」
田中「この『尻認識機能』を搭載した新製品O-SIRI(オーシーリー)は……」
先輩「田中、田中。ちょっと待って。『尻認識機能』って何?」
田中「ええ、それは今からご説明しますので。」
先輩「商品名がオシリっていうの?」
田中「その由来もあとでたっぷりと。」
先輩「大体分かるけどね。」
田中「このO-SIRIの最大の特徴『尻認識機能』は被写体の『尻』を認識し、自動的に『尻』にピントを合わせる画期的機能です。」
先輩「ほらやっぱり。まずいって、それは。」
田中「いままで、被写体、特に女性をとる場合に、どうも『尻』にピントがあわずボケてしまった、なんて経験は男性ならどなたにでもあると思います。」
先輩「ないよ、そんな経験。あったらまずいんだよ。」
田中「そんな全男性に向けて開発されたのがこのO-SIRIなのです。」
先輩「田中、やっぱりダメだよ。『尻認識機能』は。」
田中「え?ダメですか?」
先輩「だって撮っちゃダメなんだもん。基本的に『尻』は。」
田中「いや、でも、このO-SIRIには『尻認識機能』だけでなく、ミニスカートと太ももの隙間を狙う『デルタ機能』、ローライズを履いた女性を後ろから狙う『尻割れ目機能』、前屈みになった女性の胸元を狙う『ブラチラ機能』まで搭載されている優れものなんですよ!」
先輩「お前は写真週刊誌の女子アナ特集か!!」
田中「違います。僕は人間です。」
先輩「分かってるよ。そんなこと。こんな写真週刊誌の女子アナ特集みたいな機能をフルスペックで揃えたデジタルカメラを我が社から発売できるわけがない。そう言ってんだよ!」
田中「でも、ニーズはあると思います。」
先輩「そりゃ、あるだろうけど。いや、あるからこそまずいんだろ。」
田中「……じゃあ、開発部のみんなの努力や、撮影テストに協力してくれた女子社員たちの想いは、水の泡ですか?ひどい、ひどすぎる!」
先輩「そんな『プロジェクトX』みたいな話聞かされてもダメなもんはダメだよ。」
田中「分かりました。先輩。じゃあ、まだ開発中ですが、赤外線を駆使した『スクール水着透視機能』も付けさせます。」
先輩「もういいよ。お前明日休め。」

終わり
2008.08.15 小出圭祐
最高のほめ言葉
人は時として様々な出来事に感動や興奮を覚える。他人にとっては何の魅力のない言葉も時と条件さえ整えば、本人にとっての『最高のほめ言葉』になるのではないか?そんな可能性を今回は考えてみた。


「え?さっき誰かトイレ入った?この世の終わりみたいな匂いがするんだけど。」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「使用上の注意をよく読んでお飲みください。」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「メンタル面の弱さを金属片でカバーできれば、この試合勝てるかもしれない」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。(※試合会場への金属片の持ち込みは禁止されています。)

「お前、ミシェルのことサイボーグだって知っててダンスパーティーに誘ったのか?」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「目立ちたがり屋のクセに声小せぇな」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「タイトなジーンズにねじ込む。私という戦うボディー」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「家に帰って寝るときにふと思い出しそうになるんだけど、思い出さなくて、朝起きて『ヤベえ遅刻だ』と思って、急いで用意してたら時計1時間見間違えてて、何だと思って、ゆっくり用意してたら逆に時間なくなっちゃって、結局ちょい遅刻するみたいなことがあって。まあそのあと人生色々あって死ぬ間際とかに思い出してついつい笑っちゃうみたいな。そういうタイプのギャグだよね」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「放火魔」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「お前んち、天井低くない?(ふかわりょう)」……あのときの僕にとって、それが最高のほめ言葉でした。

「貝殻を耳にあてると波の音がするんだ。ほら、やってみなよ。違う!違う!違う!逆向きだよ。あ~あ抜けなくなっちゃったじゃん。」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「お前本当KYだな。結婚式の2次会で焼身自殺するなんて。まあ盛り上がったけど」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。

「ごめん。お前の分までは用意してなかったわ。」……あのときの僕にとって、それは最高のほめ言葉でした。
 
今日はここまでです。
2008.08.01 小出圭祐
自分アンケート結果報告
僕は人からの質問にうまく答えられない事がよくあります。そんな時のために自分アンケートをとってみました。今日はその結果を報告します。

Q.8月8日より開催される北京オリンピック。あなたは何を楽しみにしていますか?
○水泳で英スピード社の水着レーザーレーサーを着るのにのべ何人が必要なのか?(26.4%)
○野球で「星野ジャパン」がどこまで「みつまジャパン」に迫れるか?(17.7%)
○マラソンで野口みずき選手が42.19何km走るのか?( 14.9%)
○バレーボールにオグシオのコンビは果たして出場することができるのか?(12.7%)
○柔道でのポロリ(11.0%)
○サッカー代表選手たちの空港での着こなし。髪型。(6.7%)


Q.原材料価格の高騰による食品の値上げが相次いでいますが、無人島に持っていきたい一枚と言えば何ですか?
○敷き布団(32.3%)
○大きめのバスタオル(23.4%)
○First Love(宇多田ヒカル)(20.2%)
○海人Tシャツ(22.3%)
○みんなからの寄せ書き(20.4%)
○愛・自分博(クレバ)(12.5%)
○広島風お好み焼き(12.0%)
○野球選手が夢だった(KAN)(11.2%)
(合計 154.3%)

Q.トリカブトを主成分としたホレ薬をつくったんですが、使ってみる勇気はありますか?
○は?(72.3%)
○好きにさせた瞬間、殺してしまうなんて何だかロマンチックな気がする。(3.0%)
○殺人の容疑がかかっています。署までご同行願えますか?(12.3%)
○違うんです。そんなつもりじゃ。僕はただ彼女のことを愛してただけなんです。(10.2%)
○あなたには黙秘権があります。あなたの証言は裁判の証拠になりますのでそのつもりで。(8.5%)
○………わかりました。(3.2%)
○コラ、何をする!おい逃げたぞ!追え!追うんだ!!(12.5%)

Q.「文字化け」と「時差ボケ」って似てませんか?
○は?(25.3%)
○似てる。(15.7%)
○響きは似てるけど意味は全然違うと思う。(21.5%)
○北の~酒場通りには~長い~髪の女が似あ~う~(5.1%)
○両方とも意味を知らずにこういう現代病があるって言われれば、そうなのかと思える。(2.0%)
○100年後も使っている言葉かどうかといえばあやしい。日本語の乱れを感じる。(12.7%)

Q.最後に、これってトリビアの種になりませんか?
○なりません。(87%)
○「これ」って何ですか?(11%)
○工夫次第でなると思う。(4.5%)
○自分がなると思うんだったらなると思うし、ならないと思うんならならない。だから決して諦めずに、これは「トリビアの種」になるんだ。絶対になるんだって信じて、努力し続けること。それが何より大事で、今の時点でなるかならないかを人に聞いて決めてしまうことはとても危険だし、自分自身のためにならないと思う。信じること、それに向かって努力すること。その二つが何よりも決定的に大事で、一番良くないのは今みたいにやる前から躊躇してる状態。やってみること。まずやってみることが大事だと思うなあ。僕は。(22.0%)

また人からの質問に答えられなかったりしたら、自分アンケートをとって、考えを整理したいと思います。今日はここまでです。
2008.07.22 小出圭祐
兄さんへ
 兄さん、暑い日が続きますが、元気ですか?そちらではエアコンも自由に使えないと以前言っていましたが、体など壊していないか心配です。『DESR-7500』の話は前に兄さんにもしましたね。僕におすすめの番組を自動録画してくれるいい奴です。今週も「彼」が僕のために色々な番組をすすめてくれました。そのいくつかを兄さんにも紹介します。

7月14日(月)8時15分 NHK衛星2『ペット相談』
この番組はペットを飼っているゲストを迎え、視聴者から寄せられたペットに関する相談に専門家が答える番組でした。ゲストは岡田真澄の息子の岡田眞善(しんぜん)という俳優です。自身の飼っている猫のピロシキちゃんをヒザに抱き、ピロシキちゃんとの出会いから、叱り方の話などの話をしていました。そして、叱り方の話をしているときでした。眞善さんが「こんなふうに叱ります」と猫のまねをして叱ってみせると、ピロシキちゃんが本当に叱られていると勘違いしてしまったらしくひどく怯えたのです。その後ピロシキちゃんは眞善さんの元から離れ、セットの奥の方で威嚇するような鳴き声をずっと上げていました。VTR中も眞善さんが話している後ろで、ピロシキちゃんの悲痛な鳴き声が聞こえ、眞善さんの躾の厳しさが伺える放送でした。ピロシキちゃんの悲痛な鳴き声を聞いていたら、裁判のとき兄さんが漏らした嗚咽が思い出されて涙が止まりませんでした。

7月16日(水)8時15分 NHK衛星2『ペット相談』
岡田眞善さんとピロシキちゃんを迎えての後編。三重県津市の大森美幸さんからの「猫も歯磨をした方がいいのですか?」という相談に専門家の人が答えていました。眞善さんの飼っているもう一匹の猫は、歯磨を嫌うため口が臭いのだそうです。そういえば、兄さんも歯磨が嫌いでよく口から死んだザリガニの臭いをさせてましたね。

兄さん、僕は元気でやっているので心配しないで下さい。一日でも早く兄さんが罪を償って出所し、外で会える日が来るよう願っています。それまでお互い頑張りましょう。では、また手紙書きます。

(弟のために犯した罪で刑務所に服役し罪を償っている兄に弟が宛てた手紙風)
2008.07.15 小出圭祐
お知らせ
『ジンコル』という映像制作ユニットの相川佳輝監督の映画「ちっけった」に、少しですが小出と神谷が出演させて頂きました。私、小出としては産まれて初めてパンスト(パンティーストッキング)を履くというとても貴重な経験をさせて頂いた作品です。是非ご覧下さい。8月5日(火)にパナソニックセンター東京で上映会があるので、興味のある方はどうぞ。

詳しい事はこちらで ジンコル ちっけった
2008.07.11 小出圭祐
録画日記
今週は『DESR-7500』との新しい関係を築くために、録画したままハードディスク内に放置されていた番組などを整理しました。残したい番組はDVD-Rにコピーし、いらない番組は削除していくという作業を行なったのですが、ついついむかし録った番組を見始めてしまったり、番組を消すのか残すのか悩んでしまったりして、なかなか進みません。引っ越しのために部屋を整理していたのに、取り出した昔のアルバムに見入ってしまい、いつの間にか思い出に浸ってしまう。そんな状況とよく似ています。

「特捜!ザ・Gメン」(2007年6月23日テレビ朝日)という番組は、ハードディスク内に1年以上も放置されています。この番組は、食肉Gメンに密着し世間よりも一足早く「食肉偽装」の問題を取り上げていたり、老人による万引きの実態が紹介されていたり、非常に興味深い内容だったので、何かの参考になるかもしれないと残しておいたものですが、結局触りの部分しか見ていません。見ていないだけに残すかどうかの判断もなかなかつきません。

「そっくりものまね!紅白歌合戦スゴイネタ100連発だスペシャル」(2008年7月1日フジテレビ)という番組は、「そっくりものまね歌合戦」の名場面集的な趣の番組で、この番組の名物「ご本人登場」のシーンをダイジェスト的に放送していました。ご本人の登場に驚くものまね芸人、土下座するものまね芸人、堂々と一緒に歌うものまね芸人などが次々と紹介され、「ご本人登場」という演出方法の多様性とさらなる可能性が示されており、資料的価値を感じ録画し保存していました。ただこれをDVD-Rにコピーしたとして、それを見直す事があるのかどうかを考えるとなかなか判断を下せません。

来週までにはこれらの問題を解決させ『DESR-7500』との新しい関係を築けるように準備を整えたいと思います。
2008.07.01 小出圭祐
私とDESR-7500
彼との出会いは今から3年半ほど前にさかのぼります。

当時、私はDVDプレーヤーの購入を考えていました。しかし「どうせなら再生だけでなく録画機能も備えた『ハードディスク搭載DVDレコーダー』を購入した方が、長い目で見れば賢明なのではないか」友人のそんな言葉に後押しされ、私は『DESR-7500』一般的には『PSX』として知られる『ハードディスク搭載DVDレコーダー』を、仕送りから捻出した7万円で購入したのです。それが「彼」との出会いでした。

それから3年半もの間、「彼」は私の部屋の中心に鎮座し、メディア王マードックよろしく私のテレビ生活を牛耳ってきました。もちろん「彼」のおかげで私のテレビ生活が非常に充実したものになったことは言うまでもないし、そのことにはいくら感謝してもし足りません。ただ一点、私と「彼」との間に、3年半かけてできた深い溝が存在するということを除いては…

「彼」の機能の中に「おまかせ・まる録」という「キーワードを設定すると、それを含む番組を自動的に録画し、なおかつユーザーの操作履歴をもとに、ユーザー自身の好みを学び、おすすめの番組を自動録画してくれる」夢のような機能があります。しかし、この機能こそ「彼」と私の間にできた深い溝の原因なのです。

私は現在、キーワードとして「舞台」「劇団ひとり」「ガイアの夜明け」「ザ・ノンフィクション」「ゴッドタン」「爆笑問題のニッポンの教養」という6つの言葉を登録しています。しかし彼はキーワードとは関係なく、「徹子の部屋」を毎日のように録画するのです。ためしに録画された「徹子の部屋」を再生してみても、私は名前も知らないようなゲストが出演している始末。そして、また別のときには突然、NHK教育の「世界の名峰」を毎日のように録画しはじめたり、「週刊フジテレビ批評」「あなたと日テレ」「TBSレビュー」が次々と録画されていたり。

「ユーザーの好みを学び、おすすめの番組を自動録画」してくれるはずの「彼」が、今や自分の好みをユーザーである私に押し付ける独善的な支配者に成り下がってしまった。このことが私は悲しくてならないのです。

そこで私はこの場を借りて、「彼」と私の関係修復を試みたい。そう考えています。3年半かけて出来てしまった深い溝を少しづつ埋めていって、もう一度『ハードディスク搭載DVDレコーダーとそのユーザー』という当たり前の関係を取り戻したい。今はそんな気持ちで胸がいっぱいです。
2008.06.20 小出圭祐
フォルト1終了
 フォルト1『生きとし生ける野茂』は6月9日に無事全日程終了いたしました。
 足を運んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
 8月7日より開催予定の“フォルト2”もよろしくお願いいたします。

【お詫びと訂正】
 このたび、フォルト1『生きとし生ける野茂』上演会場にてお配りしたパンフレットの中に、一部誤った記述のあるパンフレットが存在するということが、判明いたしました。この事を深くお詫び申し上げるとともに、この場を借りて誤った箇所の訂正をさせていただきたいと思います。

 まず3行目中ほどの、本来「中国産冷凍餃子の薬物混入事件」と表記すべきところを誤って「助手席に手をかけ車をバックさせている時の姿」と表記してしまっていました。訂正し、お詫び申し上げます。
 また10行目中ほどの、本来「大人のメルヘン」と表記すべきところを「ネクタイを緩めるときの仕草」、21行目中ほどの本来「ありがとうございました」と表記すべきところを「腕まくりした時に見える血管」と表記してしまっていました。重ねて、訂正しお詫び申し上げます。
 今回このように、一度ならず、二度、三度と、あいさつ文中に「異性がセクシーに見える瞬間ベスト3」を発表してしまったという事態について、我々テニスコートは深く反省し再発防止に努めたいと強く感じております。まずは異性をそういう目(セクシーかそうでないか)で見ることを減らすように、再来週あたりから心掛けていこうと考えておる所存です。

 ご迷惑をおかけした関係者の皆様、及びセクシーな異性の方々に慎んでお詫び申し上げます。



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